消失するセグメントマーケティングとグローバル族の台頭
多くの消費財メーカーにとって「ターゲティング」、すなわち「誰をどう狙うか」…は大変重要な問題だ。狙う相手を間違えたら話にならないし、狙った相手は正しくても狙い方がまずければ弾はそれてしまう。だから効果的なターゲティングができるかどうかは、企業にとって死活問題ですらある。
この「ターゲティング」に最近、新しい潮流が生まれている。結論から先に言ってしまうと、それは「グローバル族」という考え方だ。そして、その根底にあるのは、狙うべき相手を正確に捉えられるようになるまで消費者を区分(セグメント)していこうという「セグメンテーション」アプローチからの離脱であり、「分ける」から「分けない」への発想の転換である。
そうした発想の転換例をご紹介する前に、まずは、トイレタリー業界における行き過ぎたセグメンテーションの揺り戻しとも言える現象から順に見ていこう。
※今回の記事は『国際商業』4月号に寄稿したものに若干手を加えたものです。
ユーロモニターの調査で浮かび上がった新たな変化
化粧品・トイレタリー市場におけるマーケティングでこれまで欠かせなかった「セグメンテーション」という考え方が今後、大きく変わってしまう。それどころか、場合によっては「セグメンテーション」という考え方そのものが、なくなってしまうかもしれない。ちょっと気になるそんな予測をしているのは、ユーロモニターが昨年行った調査報告書「2007 Cosmetics and Toiletries Global Report」だ。
市場や消費者を細分化するセグメンテーション戦略をメーカー側が推し進めた結果、一つの商品のバリエーションが次から次へと誕生。選択肢が増えること自体は、消費者側からすれば歓迎すべきことだが、それもあくまで程度問題で、選択肢が増えすぎると消費者は圧倒され、混乱するのがオチだ。どれを選べばいいのか分からず、迷ってしまう。
混乱する消費者
先日、近くのドラッグストアにトイレットペーパーを買いにいったときのことだ。2枚重ねのものと1枚のもの。無地のものもあれば花柄や葉っぱの模様が入ったもの、さらには子供向けにサンリオのキャラクター「シナモロール」や、受験生用に英単語が印刷されたものもある。香料入りと無香料。香料といっても、「森林の香り」や「フローラルブーケ」から「ハーブの香り」、「茶の香り」、「桜の香り」まである。100%パルプもあれば再生紙配合のものもある。ダブル保湿で「花粉症でお悩みの方に最適」とうたったものもある。ところで、ティッシュなら花粉症対策も分かるけど、トイレットペーパーと花粉症ってどう関係するのでしょうね。また、プレミアムソフトエンボス加工で肌触りをよくしたものもあれば、「お肌にやさしい」天然ハーブオイル配合のものもある。これらがそれぞれ6ロール入りと12ロール入りのパッケージで、床から天井まで棚を埋め尽くしている。
「普通の4ロール入りトイレットペーパーを買ってきて」と頼まれていた筆者は、「さて、普通のってどれかな」と棚を眺めながら立ちすくむこと20分。要するにフリーズ状態に陥ってしまったのだ。結局、頼まれていた4ロール入りがないのに気づき、何も買わずに(買えずに?)店をあとにした。
「だからこそ、余分なものがついていず、シンプルで、よく知っている商品を選ぼうとする消費者が増えつつある」 ─ ユーロモニターの調査報告書もこう指摘する。
セグメンテーション離れをし始めた化粧品
同調査によると、口紅や香水など化粧品はいろいろと見比べ、じっくり品定めをすることを厭わない女性が依然多いものの、石鹸やハミガキなどの日用品ともなると、あまり迷うことなく選びたいという消費者が増えているとのこと。しかし、「セグメンテーション」から「シンプリフィケーション」へのこうした流れ(回帰)が化粧品にまで波及するのはおそらく時間の問題であろう。
米国ではすでに、ヘアケア、スキンケア、カラーコスメ、フレグランスなどでもこうした簡素化の兆しが見られるとか。皮膚科医などは、「良質のクレンザーとモイスチャライザーだけあれば十分」として、「3ステップ」フェイシャル方式を公然と批判。女性たちも専門家のこうした意見に耳を傾けたのであろうか、ユーロモニター調べのデータを見ると、アメリカでは2000年以降、化粧液・化粧水の販売額は一貫して下降線を辿っている。
こうしたセグメンテーション離れを化粧品メーカーにとって危機的状況と考えるかどうかは、見方の問題であろう。世界のトイレタリー大手は、むしろこうした流れをいちはやく「機会」としてとらえ、商品戦略に反映させている。
たとえば、ロレアルは2007年2月、フェイシャル・モイスチャージェル「ビオテルム・ヘルシー・ディファレンス」を発売。ミネラル成分とアミノ酸と抗酸化物質を含む「ビオテルム・ヘルシー・ディファレンス」は、ノーマルスキンのケアにはこれ1本だけでOKというスグレモノである。また、P&Gの「パンテーン・プロ-Vクラシックケア」シリーズも同様の考え方に基づいて開発されたという。
ライフスタイルという切り口
ユーロモニター・インターナショナル社のダイアナ・ドッドソン氏も指摘しているように、今回の調査結果は、性別や年齢層などで区分するいわゆる「デモグラフィック・セグメンテーション」という考え方を消費者自身が受け入れなくなりつつあるということを示唆している。
デモグラフィックな区分にとってかわって近年浮上してきたのが、ライフスタイルによる区分である。消費者はむしろ、どんなライフスタイルに共感するか、あるいはどのようなライフスタイルを共有しているかといった座標軸で分類されることを望んでいるというのがドッドソン女史の見方だ。
今後のトレンドをうかがう三つのキーワード
ちなみに、彼女はそうしたことを踏まえ、今後、世界の女性たちのあいだで主流になりそうなライフスタイルとして、「retreat」、「escape」、「indulge」という3つのキーワードを提示している。
「引きこもる」とか「退く」という意味の「retreat」は、ヘルスやウェルネスを重視したライフスタイルで、化粧品選びもナチュラル・オーガニック志向となる。また、「逃避する」を意味する「escape」は古きよき時代を懐かしみ、純朴さを大切にするライフスタイルで、ビンテージものや自家製あるいは地元のブランドに惹かれる。一方、耽溺するという意味の「indulge」は、ツウを自認し、ラグジャリーブランドやプレミアムな化粧品を志向するという。
行き着く先はセグメンテーションの消失?
こうしたセグメンテーションの簡素化の行き着くところ。それが、セグメンテーションの消失であり、「グローバル族」(global tribe)の台頭である。これがマスコミを賑わしはじめたのは昨年暮れのこと。12月10日付けウォールストリート・ジャーナル紙の、“Marketers Focus More On Global ‘Tribes’ Than On Nationalities”と題した記事などはその一例である。
その記事の冒頭に紹介されているのは、スイスの補聴器メーカー、フォナックの事例だ。同社が2007年4月に発表した斬新なデザインの補聴器、新「Audeo」シリーズは全世界で爆発的な人気を博した。
そもそも補聴器というのは、既に使用している人はともかく、はじめて使用する人にとっては心理的抵抗感のある商品だ。どの国でも、50歳を過ぎた人の多くが聴力に問題があるといわれているのにもかかわらず、頑としてそれを認めようとしない。老いを自覚させられるからであろう。
違いよりも共通項に着目
それなのに、この新「Audeo」シリーズは、まさにそうしたファーストタイマーの獲得に成功し、しかもその多くがベビーブーマーであったという。同社のバレンティン・シャペロCEOによると、その秘訣は、国籍や人種の違いに関係なく、世界中のベビーブーマーに共通する「ファッション・コンシャス」という特性に着目したマーケティングを展開したためであるという。だからこそ、いわゆる「補聴器」ではなく、「パーソナル・コミュニケーション・アシスタント」というポジショニングにし、かつそれに見合ったファッショナブルで楽しいデザインにしたのである。
たしかに、新Audeoシリーズは、補聴器というよりはイヤフォンのようなモダンなデザインで、色も15色の中から自由に選べる。広告にもヘッジファンドマネージャー兼アマチュアボクサーといった若々しく見える顧客を起用し、12ヶ国語で展開している。従来の補聴器の広告ではありえなかった同社の斬新な広告は、業界関係者からも、「クールでセクシー」ともっぱらの評判だ。
「ヨーロッパ人であろうとアメリカ人であろうとベビーブーマーの心理は似ている。その心理に働きかけることで彼らにリーチすることができる」とシャペロ氏は指摘している。
多国籍企業にとって“福音”
こうした、違いよりも共通点に着目した「グローバル族」という考え方が今、注目を集めているのは当然だ。なぜなら従来、多国籍企業は年齢や年収等にあわせて消費者の細分化を進めたため、“命中の精度”は上がったものの、全体としてのマーケティング効率は低下。しかも同じセグメントの消費者でも国や地域によって嗜好や価値観も異なるため、商品をその都度、カスタマイズしなくてはならず、さらにお金がかかる。そうした悩みを抱えている多国籍企業にとって、「いいんですよ、違いなんか忘れて…共通項に着目すればいいんです」というのはまさに福音である。
共通項マーケティングを推し進めるP&G
こうした福音にトイレタリー最大手のP&Gが気がつかないはずはない。実際、P&Gのグローバル・ヘルス&フェミニンケアのプレジデント、メラニー・ヒーリーも「世界各地でグローバル族が誕生しつつある」と述べている。彼女の言う“グローバル族”には、ネット上でつきあい、音楽もファッションの好みも似ている若者たちだけでなく、キャリアと家庭の両立を図る働く女性たち、そしてフォナック社が着目したベビーブーマーも含まれる。
「こうしたグローバル族に対しては、差異よりも共通点に焦点を当てた方がビジネスチャンスも生まれる」と彼女は指摘している。
実際、P&G社が調査したところ、十代の女性は世界中どこでも、思春期に対し同じような悩みや疑問を持っていることが分かったという。同社のウェブサイト“ビーイング・ガール.com”の担当者、ボブ・アーノルドも、「ということは、ウェブサイトに一回、同じ答えをアップすれば、あとはそれを現地の言葉に翻訳すればいいということで、これは効率化につながる」と語っている。
さらに、P&G社製生理用品「オールウェイズ(ウィスパー)」のグローバル・ブランド・フランチャイズ・リーダーであるジェームズ・ハスケットも、「従来は、それぞれの国ごとに、その国に共通して見られる希望や夢は何かということを発見しようとしてきたが、真の共通点はむしろ国境の壁を超えた同じ世代間で見られるようになった」と指摘する。
もちろん、だからといって同社がまったく同じ生理用品を世界各地で売っているというわけではない。「オールウェイズ・フレッシュ」にしても、米国と中南米では香料入りのものを、それ以外の地域では無香料のものを、といった具合だ。
化粧品のマーケティングにも変化が…
世界130カ国で化粧品を販売するエスティローダーの「クリニーク」も、顧客の国籍によって商品を違えるのではなく、肌質によって商品を違えている。「インターネットの普及により、美容やファッションに対する女性の嗜好もまた世界共通になりつつある」と同社のリン・グリーンCEOも指摘している。
なお、調査会社ニールセンが昨年、世界各国で実施した調査でも、こうした共通項は世界的規模で見られる。世界の消費者の3割までもが「美容に費やす金額が自分たちの親の世代と比べて増えた」と答えているほか、「メトロセクシャル」を是認した人が78%にも上ったという事実は、こうした傾向が女性に限ったものでないことを如実に物語っている。
グローバル族をリードする二つの世代
さて、最後に、多国籍企業の関心を集めている「グローバル族」そのものについても簡単に触れておこう。将来はグローバル族の範囲もさらに広がっていくものと思われるが、現時点でグローバル族の代表格とされるのは、「ジェネレーションY」と「ベビーブーマー」の二つである。
もともとはアメリカで生まれた世代呼称なので、アメリカを例にとって説明すると、「ミレニアルズ」とも呼ばれる「Y世代」は、1977年から1997年のあいだに生まれた人たちで、アメリカの人口の3割を占め、戦後の1946年から1964年のあいだに生まれた「ベビーブーマー」とほぼ同数である。ちなみに、カナダでは「ブーミーズ」、英国では「バルジ」、日本では「団塊」と呼び方こそ違え、人口ピラミッドで見ると、ほぼ同様のふくらみが世界中で見られる。
まずは分かりやすい「ジェネレーションY」から見ていくと、この世代の最大の特徴は、なんといっても、彼らが幼児期からインターネットなどデジタル環境の中で育っているという点である。パソコンをおもちゃがわりに使って遊んだ彼らにとって、パソコンは仕事の道具である以前に、まずもって「エンタテインメントのツール」であり、また、世界的なブームとなっているSNSやブログを牽引しているのも彼らだ。
また、そのすぐ上の世代である「ジェネレーションX」とはメンタリティも行動様式も異なり、X世代の属性をあらわすキーワードが「幻滅」、「反抗的」、「悲観的」というネガティブなものが多かったのに対し、Y世代には、「楽天的」、「理想主義的」、「能力のある」、「自信のある」といったポジティブな属性が目立つ。
Web 2.0のシルクロード
本誌11月号でも紹介したように、昨年7月2日号の『ビジネスウィーク』誌が「ウェブの子供たち」と題して一大特集を組んでいるが、その特集の主人公もまた世界に広がるこのY世代である。同特集は、「数年前であればこうした現象は起きなかったであろう。だが、今ではデジタル世代の若者たちが、国籍や人種の壁を超えて、地球規模で瞬時にアイディアを交換し、噂を広める。彼らは、いわばWeb 2.0と若者文化のグローバリゼーションが融合したようなひとつの巨大なコミュニティを形成している」と指摘し、なかでも、Web 2.0世代の若者たちが特に多く活動している30都市を結んだ帯を、「Blog Belt(ブログ・ベルト)」と名づけている。いわば21世紀のシルクロードである。
このブログ・ベルトは、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストン、アトランタ、シアトル、サンディエゴといったアメリカの都市だけでなく、ロンドン、ローマ、マドリッド、トロント、パリ、シンガポール、ジャカルタ、メキシコシティ、モントリオール、北京、モスクワ、ムンバイをつないでいる。
しかも、そこにはヒエラルヒーは存在しない。アメリカが情報やモノの流れの中心に存在するといった構図ではなく、互いに対等なフラットな関係にある。同じ価値観や流行を共有する若者が増えているのだ。
ちなみに、前出のウォールストリート・ジャーナル紙が彼らを「グローバル・セグメント」ではなく、「グローバル族」と命名したのにもワケがある。「セグメント」はメーカー側が、なんらかの意味で同質の消費者グループとして区分したものであるのに対し、「族」は“kinship”(親近感)でつながった集団である。だから、そこには「結びつき」なり「連帯感」がある。
QVCはベビーブーマーにとってのSNS?
そうしたグローバル族のもう一つの代表グループ、「ベビーブーマー」を世界規模で結びつけ、均質化の方向に向かわせているのは何であろうか。Y世代と違って、幼児期からデジタル環境で育ったわけでもない。SNSやブログに興じている人もごく小数派だ。
詳細は別の機会に論じるとして、Y世代よりはるかに年上の彼らを地球規模で結びつける上で、QVCに代表される国際的テレビショッピング・チャンネルが果たしている役割は無視できないであろう。「ベアミネラル」が昨年、なぜ突如、地球規模で爆発的に流行したかを考えてみれば、そのことは容易に想像がつく。
March 13, 2008 | Permalink | Comments (0) | TrackBack