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January 12, 2007

値上げと人間の心理

070112c 携帯、デジカメ、航空券…。いたるところで値下げ競争が繰り広げられています。顧客を一人でも多く囲い込むためですが、企業にとって値下げ競争は自分の首を絞めるようなもの。かといって値上げをすると競合に顧客を奪われてしまう。まさにジレンマです。全入時代に突入し、志願者確保が死活問題の日本の大学も例外ではありません。ところが、ニューヨーク・タイムス紙によると、アメリカでは、あえて授業料を値上げすることで志願者を増やしている大学が続出しているとか。「値上げで顧客を増やす」マーケティング戦略なんて夢のようですが、それにはちゃんと仕掛けがあるのです。

日本同様、アメリカの大学でもブランド志向がますます顕著になっています。実際、2006年には、超一流校は過去最高の倍率を記録しています。エール大学は12倍。コロンビア大学が10倍、スタンフォード大学が9倍、マサチューセッツ工科大学が8倍といった具合です。

しかし、ますます狭き門になっているのは全体のわずか1割。実は、全米の大学の9割までもが志願者数の減少に悩んでいます。

授業料値上げで、志願者数大幅増

070112a ペンシルベニア州フィラデルフィア近郊のアーサイナス・カレッジもそんな大学の一つでした。「でした」と過去形にしたのは、同校は逆説的マーケティング手法で志願者数の減少を食い止めたどころか、急反転させるのに成功したからです。

アーサイナスといえば、1869年創立の名門私立。名門ではありますが、他の多くの大学同様、1990年代には進学適齢人口の減少とあいまって志願者数が減りつづけていました。そこで、2000年春、ついに大学の理事会が思い切った賭けに出ました。志願者数の減少に歯止めをかけるため、授業料を約18%値上げすることにしたのです。でも、授業料の値上げは、へたをすれば、かえって志願者離れに拍車をかける結果を招きかねません。

固唾を呑んで見守っていたところ、その年の志願者は前年より200名 も増え、翌年はさらに増えました。200名といっても、アーサイナスはリベラルアーツカレッジなので1学年の生徒数はわずか300名強。だから、200名増というのは大変な大幅増です。

こうして志願者数がU字回復した結果、それまで336名だった1年次の定員を2004年までに454名へ拡大。4年間で35%の定員増です。その後も勢いは衰えるどころか、2006年の志願者数は前年比150%増という前代未聞の記録を達成しています。

なぜ、こんな“奇跡”が起きたのでしょうか。

仕掛けその1: 「安かろう、悪かろう」心理への働きかけ

070112b 誰もが思いつく理由は、「安かろう、悪かろう」心理(の裏返し)です。ストラスバーガー学長自身も認めているように、要するに「授業料が高いなら、いい大学に違いない」という心理というか思い込みが学生側にあるようです。似たり寄ったりの消費財なら、少しでも安い方を選ぶのが消費者のつねですが、大学選びに限ってこういう思い込みが生じるのは、ミューレンバーグ大学(ペンシルベニア州アレンタウン)のヘルム学長も指摘しているように、「高等教育は医療と同じだから」です。すなわち、顧客は多少高くても、できるだけ品質のよいサービスを欲しているからです。

でも、そうはいっても、志願者のパーセプション(思い込み)に働きかける「イメージ戦略」だけなら、ここまでのU字回復はなかったでしょう。いくら学生自身はハイクオリティの教育を望んでいても、出せるおカネには自ずと限度があるからです。アーサイナス大学での年間授業料等は33,350ドル、すなわち約400万円にも達します。これは平均世帯年収の45%超に相当する金額です。

この厚い壁をクリアしない限り、志願者数の大幅増は望めません。

仕掛けその2: 「WIN-WIN戦略」

実は、一番のミソは、授業料の値上げと奨学金の増額とをセットで行った点です。アーサイナス大学は、授業料値上げと並行して奨学給付金の枠を2割広げた結果、ほとんどの学生にとって実際の負担額は値上げ後の授業料の半分未満で済んだとのことです。

授業料を値上げして大学のクオリティーの高さを印象付ける一方で、学生にとっての実質負担額はむしろ減らしたわけです。当然、学生は喜びます。しかも、それで学生数が増えれば大学側の収入も増えるという「WIN-WIN」の図式です。

この「WIN-WIN」方式で成功した大学は、アーサイナスだけではありません。ノートルダム大学(インディアナ州ノートルダム)、ブリンマー大学(ペンシルベニア州、ブリンマー)、ライス大学(テキサス州ヒューストン)、リッチモンド大学(バージニア州リッチモンド)、ヘンドリックス大学(アーカンソー州コンウェイ)など、枚挙に暇ありません。

070112d たとえば、ヘンドリックス大学では2004年に授業料を29%値上げすると同時に、奨学金も大幅にアップしました。その結果、志願者数が急増し、2006年には入学者数はそれまでの37%増になったとか。

実際、アメリカの4年制私立大学では近年、授業料を値上げして奨学金も増やすという傾向が全般的に見られます。カレッジボードによると、1993年~2004年の11年間に、4年制私立大学の平均授業料は物価上昇率の倍以上の81%も上昇していますが、奨学金支給額は同時期に135%増えています。そのため、実質の負担額が平均世帯所得に占める割合は20%台にとどまっています。(グラフ参照)

また、4年制私立大学では、学部生の10人に7人以上が奨学金の恩恵を受けているといわれるほど、奨学金は普及するようになりました。

もちろん、実際には、授業料の値上げと奨学金の増額とをセットで行えばつねに成功するというほど現実は生易しくありませんし、なかには授業料の値下げをして成功している大学もあります。

とどのつまりは人間の心理

ただ、4年制私立大学の学生を対象にした意識調査ではなかなか興味深い結果が出ているので、最後にそれを紹介しておきましょう。

「授業料2万ドルで奨学金ゼロの大学と、授業料は3万ドルだけれど奨学金が1万ドル出る大学のどちらを選ぶか」との質問に対し、大半の学生が迷わず後者を選んだそうです。

その方が、「お得感」があるから、というのがその理由だったとか。

このあたりの人間の心理というものは、大学選びだけでなく、結構広範囲に見られそうですね。やはりマーケティングとは、とどのつまり人間の心理ということでしょうか。

January 12, 2007 |

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