(代表取締役社長/チーフ・コンサルタント)
売上を伸ばそうとして、GRPを増やしたり、DMを打ったり、必死になればなるほど、うるさがられたり、煙たがられたりする。特に昨今は、「売る」ためのメッセージを流し続ければ消費者から反感を買うことすらあります。
従来型のマーケティングは言うに及ばず、CRMやパーミッション・マーケティングといった近年の手法だって結局は商品やサービスを「売る」ことを目的としている以上、そうしたリスクをつねに伴います。そして、ひとたび反感を買えば、SNSやYouTubeやTwitterを経由して口コミは瞬時に広がり、大きなうねりとなって広告主に襲い掛かる。広告主にとっても広告会社にとっても頭の痛い問題ですね。
そんな中、反感を買うどころか消費者から喜ばれ、ありがたがられるマーケティングが今、世界中の関心を集めています。 “marketing with meaning”という名の新しいモデルです。
“marketing with meaning”とは、相手にとって価値のあるサービスを提供するマーケティング、社会的に意味のあるマーケティングのことです。要するに、「良いことをしよう」というのが大前提となっているので、「売る」ことを目的としたマーケティングとは発想が根底から異なります。こうした発想の転換を行って成功した企業も増えつつあるので、そうした事例を少しずつ紹介していきましょう。
リニューアル第2弾の今回は、飛行機を待つ間に誰でも無料で利用できるSamsung Mobile Charging Stationsと、州立公園を舞台にしたGovernment Solutions Groupのユニークな取り組みです。
Samsung Mobile Charging Stations
これは、米携帯電話市場でトップシェアを誇る韓国のサムスン電子が大手屋外広告会社のJCDecauxと連携して2007年から開始し、好評を博している取り組みです。
ニューヨークやロサンゼルス、ダラスに最近出張したことのある方なら、空港の出発ロビー内に写真のようなタワーがあるのを見かけたことがあるのでは? 「トーテムポール」と呼んでいるアメリカ人もいますが、これが話題のMobile Charging Stationです。
サムスン電子は2007年1月、この無料充電設備を54基、JFケネディ国際空港に設置したのを手始めに、同年7月にはロサンゼルス国際空港に51基、11月にはダラス/フォートワース国際空港に、そして翌2008年には、ニューヨークのラガーディア空港、フロリダのオーランド国際空港、ミネアポリス‐セントポール国際空港、ニューワーク・リバティ国際空港、ヒューストン国際空港といった具合に全米の主要空港に展開。
直接的な販促効果より、社会貢献と話題づくりを意図したこのCSR活動はアメリカで大成功を収めています。携帯やノートPCを肌身離さず持ち歩く現代人にとって一番困るのは旅先でバッテリー残量がなくなってしまうことです。人によってはパニックになりかねません。
そんなとき、空港で飛行機を待つあいだに充電できるのですから、これほど「助かる」ことはありません。携帯電話だけじゃなくノートPCなど、米国仕様のモバイル電子機器であれば、競合メーカーの機種も含め、誰でも自由に無料で充電ができるのです。1基に4つコンセントがあるため同時に4人までが利用でき、しかもこの充電設備が出発ロビー内に数十箇所あるため、とても便利です。
「空港での退屈さや苛立ち(の解消)にはまったく役立たずの面白くもなんともない看板なんかより、サムスンの無料充電設備の方がはるかにそのブランドに対する好感が湧いてくる。これはまさに“marketing with meaning”の典型的なやり方で、もっと注目されてしかるべきだ」とAdAge誌編集部のJonah Bloomも指摘しているほどです。
これが話題にならないはずがありません。グーグルで“Samsung”と“charging station” の掛け合わせ検索をするとヒット件数(2009年5月25日現在)は134,000件にも達します。
Government Solutions Group
これもまたアメリカでの事例です。Government Solutions Group(GSG)というNPOの何が凄いかというと、たった6名のスタッフしかいない小さいグループなのに、州立公園を舞台に「社会的に意義のあることをしながら、すべての参加者がWIN-WINの関係になるような」スキームを作ってしまった点です。
ここでちょっと州立公園のことを説明しておきましょう。最近の調査では、米国民の10人に7人までが過去6ヶ月以内に一度は訪れている… それほどまでに元来、アメリカ人は大の公園好きなのです。しかも昨今の不況下、お金が掛からない余暇の過ごし方として、公園の人気は高まる一方。2008年、全米の州立公園に訪れた人の総数は、前年比500万人増の7億3,000万人。
ところが、不況下で税収が減っている州政府にしてみれば、州立公園を維持するための予算を割くのがますます苦しくなっています。台所事情が苦しいのは企業も同様で、広告予算を削らざるをえない。しかも、消費者の広告離れが進んでいるため、細々と続けている出稿にしても、通常の広告媒体では大した効果が期待できない。そんな中、GSGは発想の転換と組み合わせの妙によって全ての関係者が幸せになる仕組みを作ったのです。
その仕組みの核となっているのが、Park Visitor Welcome Kitです。それぞれの州立公園ごとに大型の折りたたみ式地図、見所案内、手引きなどから成る100%再生紙で作られた実に親切なキットです。これが、公園入り口でレンジャーから訪問者へ無料で手渡されます。これまで州立公園には、この種のビジターズガイドがなかっただけに、訪れた人からは好評を博しています。このキット、96%の人が自宅に持ち帰ったあとも捨てずにとっておくとか。しかも、州立公園を訪れる人は概して世帯収入も高く、高学歴の行動派で、環境保護意識も高いとのデータもあります。
そのような消費者をターゲットにする企業にしてみれば格好の媒体ですね。実際、このPark Visitor Welcome Kitに出稿している協賛企業には、コカ・コーラ、ネスレ、アメリカンエキスプレスなどの他、キヤノン、トヨタといった日系企業も顔を揃えています。
こうした企業からの協賛金が収入源となるわけですが、Park Visitor Welcome Kitの制作費等の経費を差し引いた収益の20%が毎年、GSGから州政府に寄付されます。財政難の州政府は何もしなくても、ビジターズガイドをただで作ってもらえ、おまけに寄付金収入も見込める… ちなみに、これはGSGが2003年から始めたプログラムですが、これまでの寄付金総額は300万ドル超(約3億円)だそうです。
そしてこのご時世、本来ならNPOも苦しいはずですが、GSGはこのプログラムを通じて財源を確保できる。となると、企業も州政府もNPOもハッピー、公園を訪れる人もハッピー、しかも全員が州立公園という自然環境の保全に貢献しているという図式が成り立ちます。
見事なまでのMarketing with meaningですね。
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