昨夏、スイスのルツェルンで開かれた恒例の「ルツェルン音楽祭」…
その模様をテレビで観ていて、ルツェルン音楽祭管弦楽団の演奏に
珍しく聞き惚れてしまいました。なかでも圧巻は「最後の七つの歌」と
「交響曲 第4番ト長調」… いずれもマーラーの作品です。
http://www.nhk.or.jp/bsclassic/hvwth/
指揮はクラウディオ・アバド。
ウィーン国立歌劇場、ロンドン交響楽団の音楽監督を経て、90年には
カラヤンの跡を継いでベルリン・フィルの芸術監督に就任した名指揮者。
彼が若い頃はさほど気にも留めませんでしたが、当年76歳… 枯れる
ほどに豊かにほとばしる、その円熟ぶりは想像を絶していました。
いささかの誇張もなく、むしろ抑制の効いた彼の指揮は、音楽の魅力を
的確に聴衆に届けてくれるのです。で、なによりも驚いたのはアバドの
指先から目に見えないエネルギーがオーケストラの団員たちに向けて
放射されているではないですか!
普段は長めの指揮棒を持つアバドが、なぜか今回は指揮棒を持たず
手でのみ指揮をしているのです。たとえは稚拙かもしれませんが、紐を
一切使わずにたくさんの鵜を操る鵜匠のような、そんな感じです。
手で指揮をしているせいか、オーケストラとの一体感がさらに強まり、
彼の十本の指が紡ぎだす音楽は、とことん柔和で優しさにあふれて
います。会場にみなぎる不思議な愉悦感は、楽団員の笑顔からも
伝わってきます。一人ひとりがうれしそうに、そして実に生き生きと
演奏しているのです。
驚いたのはそれだけではありません。
メゾ・ソプラノのマグダレーナ・コジェナー が歌う「天上の喜び」を
挟んだ第4楽章が終わると、アバドは十本の指をスローモーションの
映像を見ているかのように、ゆっくりと、ゆっくりとたたみ、静かに胸に
置いたのです。あたかも感動・歓喜をひとつ残さず自らの胸にそっと
しまいこむ…。
拍手をする人は誰一人いません。その間、十秒近くあったでしょうか。
誰もが我を忘れて歓喜・感動に浸っているような満ち足りた静寂…
ようやく、それに続いて割れるような拍手、もちろんスタンディング・
オベーションです。
らっこにとっても、「指揮をする」ということの本質を垣間見たような
至福のひとときでした。音楽に限らず、こういう「指揮」をできたら
どんなにか素晴らしいことでしょう。
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